ルールを守る日記

 大学生の時に住んでいた寮には厳しい規則がたくさんあった。まず一回生は廊下で誰かとすれ違うとバカでかい声で挨拶しないといけない。みんなが「こんちは!!!」と絶叫していた。うるさくてしょうがない。喉を潰す奴もいた。それでもカスれた声で叫び続けていた。なんでそんなことになったのか。寮には200人くらい暮らしていた。最初の頃は誰が住んでるか顔もわからない。でかい声で挨拶しとけば規則を知らない奴が入ってきたらすぐわかる。特に夜。消灯時間を過ぎると廊下は真っ暗になる。当時はドアにも門にも鍵がかからないガバガバのセキュリティだったので誰でも忍び込むことができた。「こんばんは!!!」と絶叫されたらドロボウも逃げ出す。暗闇のでかい声はこわい。それが「こんばんは」だったとしても。炊飯器は廊下で使用することという規則もあった。廊下のコンセントには炊飯器が常に五、六個つながっていて、寮の食堂が休みの日にはもくもくと湯気を立てていた。漏電とかしないんだろうかと思いながら文字通りのタコ足配線を眺めていた。理由は「共有部分の電気代は大学持ちだから」だという。居室で電気代がかかるものを使ったら寮生の光熱費が上がってしまう。炊飯器は電気を食うと言うことを四年間で学んだ。あと、炊いた米を保温したまま一ヶ月くらい放置すると紫色の酒ができると言うことも知った。味は知らない。たいていの規則には理由があった。はじめは訳もわからぬまま強制されていたが理由がわかると苦ではなくなる。最後までわからない規則もあった。一、二回生は風呂場のライオンさんを超えてはならない、とか。今でも全然意味がわからない。

 一人暮らしをしていた頃、アパートの下に住んでいたおばあちゃんはいつも十個入りの卵をスーパーで買って六個を僕にくれた。「食べきれへんから」とおばあちゃんはいつも言う。こちらが六個入りのん買えばいいのに、と言うと「ええねん」とちょっと怒ったように帰っていく。もらえるものは気持ちよくもらう。それが楽しく暮らすためのルールだった。いま、アパートの前を通るとおばあちゃんの家の表札は知らない誰かのものに変わっている。

 二、三歳の子どもにルールはあんまりない。靴を左右逆に履いていたって気にしない。五歳にもなると守らないといけないルールが多くなる。だがほとんどの場合、理由をわかっていない。ご飯中に踊らない、とかね。理由をわかっていないので守れない。拗ねる。泣く。自分でルールを作ることもできるようになる。「トイレの前にズボンがあったら覗いてもいいで。でもななかったら覗いたらアカンしな」とか言う。守らなかったら怒られる。

 「傘は誰のものでもない」という勝手なルールを高校生の時につくっていた。大学生になると自転車もそれに加わった。良い子は絶対に真似しないほうがいい。

 十月から妙なルールができた。インボイス制度というらしい。近所の税理士事務所に勤めている人に聞いてみる。「説明会してても税理士がうーんて宙を見上げる時間がありますね頻繁に」と言う。出版社や図書カードの会社から手紙が来る。全部違うことが書いてある気がする。「おたくに影響あるの?」と言う人もいる。「登録しないなら今までの条件変えさせてもらいますね」と言ってくる会社もある。同業者はみんな迷っている。怒っている人もいる。登録方法はわかる。登録したらどうなるかもわかる。なにが変わるかもよくわかる。だけどなぜ今こんなものがはじまるのか、根本的なところがわかっていないのでルールにのれない。のらない。

 五歳児の親は入学準備のために小学校へ行くことになっているらしい。急に封書が来て、急に呼び出される。仕方ないのでスリッパを履いて廊下をペタペタ歩く。「廊下を走ってはいけません」と大きな字で書いてある。時代が変わっても変わらぬルール。自分はいま小学校にいるのだと実感する。そして、注意書きをしないと廊下を走ってしまうちっとも進化しない人類にちょっと安心する。

 

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです。

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