暗くなるのがはやい日記

暗くなるのがはやい。外に置いている百円均一の文庫本を近ごろせっせと追加しているのでせっせと売れていく。お客さんが掘った後を店主が埋めていく。お客さんと店主でたくさんの文庫を耕している。百円均一の本はめちゃくちゃある。だが暗くなるのがはやい。ふと気づくとスマホのライトで照らしながら外の文庫を見ている人がいる。何もそんなにしなくても、と思うが真剣に見ている。出窓のスポットライトの向きをそっと変える。L E Dの電球は驚くほど熱い。

雑誌の配達をしてくれませんかと電話がかかってきた。どこかで本屋さんが廃業したらしい。月に十五万円ほど買っていたという。それがどんな分量なのか想像がつかない。想像はつかないがやらない理由にはならない。どうにかやれる方法を考える。近くなので時間はどうにかなるかもしれない。問屋にも協力してもらわなければいけないこともある。あまりいい返事はもらえない気がする。期待せずに頼んでみる。返事待ち。一応利益のことも考えてみる。電卓を叩く。ほとんど毎日配達して、手元に残るのは一万五千円と電卓が言っている。計算間違いじゃないのか。間違いであって欲しい。だが間違いではなかった。混乱していると問屋から返事が返ってきた。希望はすべて通らなかった。新刊書店ってどうやって成り立っているのだろうか。またひとつ、わからないことが増えた。この店の未来は暗いのだろうか明るいのだろうか。

暗くなるのがはやいと夜が明けるのはおそい。明け方、布団の中でなにか硬いものが手に触れる。小石だろうか。目を閉じたまま感触をぼんやりと確かめる。これ、歯じゃないのか。すぐに目が覚めた。息子が四日ほど前から下の前歯がぐらぐらすると言っていた。大人の歯が生えてきているのも見えていた。がばっと起き上がって手の中を見る。乳白色の小さなかたまり。まだ暗いうえにメガネをしていないのでよく見えない。寝ている間に歯が抜けることってあるんだろうか。そしてなぜぼくの布団の中に。やっぱり小石かなにかだろう。となりで寝ている五歳児に声をかける。起きない。口を開けてみる。歯が抜けていた。いったいなにがどうなってこうなったのか全然わからないが、息子の初めて抜けた歯はぼくの手の中にある。

その日、息子は登園の途中会う人全員に「歯が抜けた!」と報告しながら保育園に行った。大人たちは「へえそうなん。よかったねえ」と冷静に聞いてくれる。彼は三月生まれなので同級生はみんなもう歯が抜けている。七本抜けた子もいるらしい。それでも教室に入るまで友達全員に「歯が抜けた!」と報告している。子どもたちは彼の新鮮さを同じ熱量で受け止める。話の内容ではなく、それを話す相手の熱をまるごと受け止めている。もう何本も歯の抜けた口を開けて。だから教室はとても暖かい。上着を脱がせて壁にかけ、走り去る息子を見送る。

近くの岩崎さんが学生を連れてくると言っていた。向こうの角を曲がってくる岩崎さんの顔を見てそのことを思い出した。学生は十人以上いた。どう考えても店には入りきらないのでそのまま外で話す。マネジメントとかプロデュースとかを学ぶという。なにか気の利いたことを言ったほうがいいのだろうか。でも十数人の大学生に取り囲まれた本屋のオヤジが彼らに言えることはなにもないのだった。「二、三人づつ順番に入ってみますか」と岩崎さんが言う。何人までなら入るか試してみるのはどうですか、と言ってみる。四坪半の本屋に大学生が何人入れるか覚えておくことは彼らが将来マネジメントとかプロデュースとかするうえでけっこう大事かもしれない。店の中に自分の居場所がないので外でぼんやりするしかない。入りきれなかった二、三人の大学生も同じように外でぼんやりしている。どうしようもないその時間を大事にしてほしい。マネジメントとかプロデュースとかにきっと役に立つ。

帰って行く学生たちの足ははやい。あっという間に次のどこかへ行ってしまう。学生がはやいのか、自分が立ち止まっているだけなのか。考えているとあっという間に日が暮れた。

  

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです。

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