【風とモビール】さいしょのお手紙

風とモビール 往復書簡

出窓で佐々木未来さんのモビール展がはじまりました。展示初日、居合わせた写真家の吉田亮人さんと佐々木未来さんのあいだで往復書簡がはじまりました。

まずは、吉田亮人さんから、はじめてのお手紙(2022年5月18日)

未来さん、元気ですか。
僕は元気です。
先日は待賢ブックセンターの店先で大人も子どもも入り混じって、とりとめのない話をしたり、遊んだり、本当に楽しい時間でしたね。
ブックセンターの出窓に展示されたモビールたちも、まるでサーカスのような賑わいを呈していて、とても楽しい気持ちになりました。
今回の展示に限らず未来さんの絵はどれを見てもとても楽しい気持ちにさせてくれると同時に、僕の子ども時代の不思議な記憶と結びつくんです。
僕は子ども時代、よくばあちゃんの家に遊びに行っていました。
そこは自然の宝庫で、時間がゆったりと流れる、僕にとってオアシスのような場所でした。
僕はそこに行くと、一人っきりでばあちゃんの近所の原っぱや森の中を裸足で駆け回りながら、濃密な草の匂いを目一杯吸い込み、イモリやヤゴやタニシやカマキリやバッタなんかの虫を捕まえたり、花の蜜を吸ってみたり、寝転がって流れる雲を眺めたりしていました。
最高の時間でした。一人だけれどいくらでも遊べました。
原っぱや森の中に抱かれ、日が暮れるまで思いっきり身体を動かし、汗をかいて、駆けずり回るあの時間が僕は大好きでした。
あの頃、僕はいつも何かの存在を感じていました。
それは一人で遊んでいる時に必ず訪れる感覚でした。
よく行っていた薄暗い神社でも、ばあちゃんの家のすぐそばにある墓地でも、広々とした田んぼでも、近くを流れる川でも、時々ふと誰かがいるような、誰かに見られているような、そんな感覚になることがしょっちゅうあったのです。
それは畏怖するとか、恐怖するとかいう類のものではなく、よく見知った友達が現れたようなそんな感じでした。
今考えるとホラーみたいな話なのですが、その存在と実際にブツブツと会話していたこと もありました。どんな内容を話していたのかは記憶の引き出しのずっと奥の方にしまわれて思い出すことができませんが、非常に安心できる存在だったというその感覚だけは今でも残り続けています。
未来さんの絵を見る時、まさにこの「何かの存在」を可視化した形で見ているような気持ちになるんです。
懐かしい友達に久しぶりに会ったような、記憶に触れる絵と言ったらいいんでしょうか。
そんなことを初めて吐露して、僕からの1回目の書簡を終えたいと思います。

装丁家の矢萩多聞さんと一緒にインドの人形使いを訪ねて旅した。 何百年、何世代にも渡って受け継がれてきた人形劇を今に伝える人形使いたちが住む村に約1週間ほど滞在しただろうか。初めて来た場所なのに、水と森と田畑に囲まれた静かでのどかなこの村を僕はずっと前から知っているような不思議な気持ちにさせられた。かつて僕が子どもの頃に駆け回った、何もないけれど、何かが確実に存在しているそんな風景だった。

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佐々木未来さんから、お返事(2022年5月24日)

吉田さん、こんにちは。
お元気そうでなによりです。
モビール展の搬入を終えて、すぐに見に来てくださってありがとうございました。再会したかった人たち、思いがけず出会った人、子どもたちの遊びっぷりもまぶしくて、とても嬉しい一日でしたね。
自転車で現れた吉田さんの姿は初めてでしたが、なんだか見たことあるぞ。という気になりました。

同封の写真を、手紙を読まずに、まずはただ眺めて味わいました。
〈電柱がゆらゆらしていて、植物との境目もないみたい。
南の国の植物は、もとは木だった電柱を歓迎しているんだな。〉
〈何かの存在〉のお手紙、楽しく拝読しました。読み終えたら、お腹の奥の方がぽわ〜とあったかくなって、目頭のほうまで上がって、どこかへ飛んでいきました。
そして、私の好きな俳人の歌が浮かびました。

フイルムは深き眠りに降る砂か 小津夜景

インドのブロックプリント制作時に、下敷に使われる布があるのを知っていますか?
プリントされた布から染み出た染料が複雑に重なっていき、下敷の布には意図しない柄や色が出現しているのです。そして、役目を終えた下敷の布は廃棄されます。
先日、ひょんなことからこの下敷きの布に触れたのですが、インクが幾重にも重なった質感はざらざらと砂のようで、場所によっては風景画に見えました。製品の布の傍には、〈下敷きの布〉という、影をさすように美しい布があるんです。シールそのものよりも、剥がしたあとの台紙のかたち。影絵あそび。蝉の抜け殻。子どもの頃から、そういうものに心惹かれます。そして、もしも小さな秘密を見つけたら、世界で自分しか知らないことにしてしまうんです。私が飽きずに〈日めくり〉に絵を描いているのも、そうしたひとり遊びのひとつだからだと思います。

私の部屋の壁には、吉田さんのリソグラフプリント版〈BRICK YARD〉の写真が掛けてあります。
遠く伸びる土の道には、いくつもの裸足の足跡と車輪の跡がまだらに往来しています。この写真を眺めていると時間が流れはじめます。土を踏みしめる人の姿や、車輪のきしむ音までもが聞こえてくるようです。

モビールをつくりはじめたのは、絵と、見る人との時間をずらしてみたかったからです。
ゆらゆら揺れる様を見ていると、考えて見ているはずなのになんだかぼーっとしてくるし、思いがけない動きや影も愉快です。ぼーっとするの、大事ですよねー。
それから、四角い紙に絵を描くことに、なんとなく抵抗してみたかったんです。つくってみたら面白くて、これからも続けてみるつもりです。

写真はほとんど〈四角〉ですよね。自然界には、直線、正円、四角は存在しないので、〈四角に切り取られたものを見る〉ことは人類の大発見かもしれません。現実世界との境目があきらかになったり、あいまいになったり。そこが写真の魅力のひとつだと思っています。
そうそう、私は〈境界〉にもとても興味があるんです!

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追伸
手紙を受け取った翌日に、仕事で初めて九州に行きました。
吉田さんは宮崎のご出身ですよね。ちょっとした偶然だなと思いました。今回は福岡だけだったので、次こそは宮崎に行ってみたいです。インドの人形使いも訪ねてみたいな。(手紙の返信が遅くなった言い訳です)

引用:『フラワーズ・カンフー』小津夜景(ふらんす堂)

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お手紙を書いた人

吉田亮人 Akihito Yoshida
写真家。1980年宮崎市生まれ。京都市在住。滋賀大学教育学部卒業後、タイにて日本語教師として現地の大学に1年間勤務。広告や雑誌を中心に活動しながら、「働く人」や「生と死」をテーマに作品制作を行い国内外で高く評価される。写真集に「Brick Yard」「Tannery」(以上、私家版)、「THE ABSENCE OF TWO」(青幻舎・Editions Xavier Barral)などがある。2021年、写真家としての10年間の活動を綴った書籍「しゃにむに写真家」(亜紀書房)が刊行。日経ナショナルジオグラフィック写真賞2015・ピープル部門最優秀賞など受賞多数。

佐々木未来 Miku Sasaki
イラストレーター、グラフィックデザイナー。札幌生まれ。絵と本と本屋と旅が好き。「日めくりと私」は全国を巡回し、インスタグラムで全作品を公開中。
主なイラストの仕事は、「谷根千のイロハ」(亜紀書房)、「別鶴」(白鶴酒造)、「Tree of Life」(Born Lucky)、「くらし中心」(良品計画)、「sinonokan」(洋 菓子店 sinonoka)、『はるこの祇園祭』(コドモト)。「I・Concept」(株式会社 池田)、「sonarpakhi」のロゴデザインなど。
著書として『日めくりと私』(ambooks)、『ほんとのはなし』(本屋・生活綴方出版部)を刊行。

佐々木未来個展「風とモビール」

会期 2022年5月3日(火祝)-6月24日(金)
会場 開風社 待賢ブックセンター ギャラリー西日
   〒602-8125 京都市上京区大宮通椹木町上る菱屋町818
  11:00-19:00 日月休



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