夏のジャングル

 遅めの夏休み。海に行きたいので海に行くことにする。久美浜へ。北へ北へと向かっていたらあっけなくついた。久美浜には中村くんがいる。最近焙煎所を手に入れたらしい。山の中の小屋を買って自力で改装しているという。

 車は久美浜に入り、しばらくふらふらとあてもなくさまよったあと無人駅についた。油断するとホームに乗り入れてしまいそうな境界線のない駅。「でんしゃくるかなー」と二歳児がのんびりつぶやく。行くということだけ言ってとくに待ち合わせなどしていなかったのでその場で中村くんにメールを送る。しばらくすると前に会ったときと何も変わっていない寝起きのひとが現れた。「ここは地元の人も使わない駅ですね」「え、そうなん」などと言いあいながらしばらくへらへら笑う。遠くから踏切の音。小さな駅には大きすぎる電車がやってきた。でかい音。逃げる子ども。

 さっそく焙煎所にいくことになった二台の車。久美浜の町を抜け、久美浜湾をくるりとまわっていく。途中、とつぜん右手につるんとした芝生が広がる。海に面したゴルフ場。芝生は綺麗だけど自然を感じることはないね。

 到着した小屋はわさわさ茂る雑木林を背にぽつんとたたずんでいた。小屋の周りにはいかにも工事中らしく取り外した換気扇やコンロが無造作に散らばっている。なんでもできそうな小屋やな。「これはアケビですかね」「あ、栗みたいなんもあるね」しばらく裏山と巨大な蜂の巣を眺める。隣との境界線もなにもないもじゃもじゃとした空間。おーいと呼べば誰か出てきそうな、でもどこまでいっても誰もいなさそうな山。すぐにここでこれしようや!みたいなことは言えない。でも頭のどっかに置いておきたい景色やな。いつかここでなんかしてやろう、とか考えている。持ち主には内緒。

 山。中学生くらいの時、たまに裏の山に入っていた。犬の散歩に。かろうじてわかる登山道にはいりリードを放す。走り出す犬。急にやってくる静寂。それからいろんな音が聞こえ始める。上の方を抜けていく風。そのへんにいるのは鳥かな? 虫かな? 犬が帰ってくる足音。土の匂い。いまここで必要なものは大体すぐに手に入る。丈夫な木の枝、とか。なにもないけど全部あった。

 「多様性」についての話を聞く。話をききながら「多様性」のことしか考えてないのかもしれない。2時間聞いて頭に残ったのがその言葉だけだった。ひとつの作物だけを育て収穫する畑と、要るものもいらんものいろんなものがごちゃごちゃになったジャングルはどちらが豊かなのだろう、みたいなこと。

 店の本棚を眺める。ごちゃごちゃしとんなあ。何回追加してもすぐに売れていく本がある。そのとなりにまったく売れない本もある。どっちも必要。売れない本をどけたら多分となりの売れてた本も売れなくなる。

 おもての通りに出る。いろんな家がある。町内の人はだいたい顔わかる。新聞屋。ライブハウス。呉服屋。染工場。小学生。いいバランスやな。

 たまに本を注文してくれるお客さんは「F書房にいっぱい積んであったんおもしろそうやったから」とか言う。その場で買えばいいのにわざわざ。べつの人は図書館で読む本、通販で買う本、うちに注文する本がある。その基準はわからない。なんにせよ豊かやな。

 「これ取り寄せてくれる?」と言われると、さあどこから仕入れようかを考える。Rは次の日に届くけど利益があんまりない。Kは利益がいちばんあるけど扱ってる出版社が少ない。いちばん融通がきくYは送料がかかるからある程度まとめて注文せなあかんし時間かかる。Nは一冊から頼めるし返品もできるけどたまに届かなかったりする。本と、頼んでくれた人の顔を思い浮かべながら、いい時間。どこにもなかったらMに買いにいく。それは利益ない。Mに行く口実ができるからまあいいじゃない。いろんなとこから届くいろんなダンボール。カラフルやね。全部茶色いけど。

 SさんとIさんはSNSの使い方うまいねえ。毎回ちゃんと本の紹介しててえらい。Hさんは脳みそのまま垂れ流しみたいになってるねえ。Kさんはアカウントあるけどなんか書いてるん見たことないな。Oさんは人を笑かすことしか考えてないんちゃうかな。みんなのみてたら自分が世界に向けて言いたいことなんてひとつもないってことがよくわかんねんな。そうそう、中途半端にしか読んでない本のこと書くのも嫌やねん。みたいな会話を本屋仲間とだらだらする夜。この会話もジャングルやねえ。迷宮入り。

  

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものをちょっと変えたりしたものです