ごきんじょ日記

歩いて行ける範囲に二軒の銭湯があるということがとても贅沢なことだと最近になってよく思う。R温泉は脱衣所が広い。浴室も広いし湯船も広い。よくしゃべる大学生の三人組とかがいても全然気にならない。泡風呂がぬるくて大変よい。息子は水風呂が気に入っている。S湯は最近綺麗になった。ロッカーの戸がガラス張りで、大きなソファがある。奥のおおきな薬湯がぬるくて大変よい。息子は水風呂が気に入っている。風呂上がりには「幽遊白書」を読んでいる。コンビニで売ってるタイプのペーパーバックのやつ。毎回一話から読み始めるので全然終わらない。それでも一生懸命読んでいる。

どちらのお風呂でも知り合いとたまに会う。みんな近所のひとだ。「おっ」と挨拶するだけのひともいれば、最近の話をダラダラするひともいる。S湯の暖簾をくぐるとKさんが身体を洗っているのが見える。ちょっと久しぶり。広いお風呂で話していると声があちこちに反響する。女湯の方でも何やら盛り上がっている声がする。身体を流す水の音。テレビでは芸人がなにかを食べている。低く小さく歌い出すおじいちゃん。いろんな声や音が響き合ってなんの話をしているのだかよくわからなくなってくる。それでも別にいいのだ。どうせまたすぐ会う。「じゃまた」と挨拶して先に帰る。

同じ町内にライブハウスがある。正確にはコーヒーハウスと名乗っている。酒蔵を使った店内は独特の音響らしい。何度も行っていろんなひと演奏を聴いたがなにが独特なのかはいまだによくわからない。ほかのライブハウスに行くことがないからだ。「ハッチェルさんいいですよ」と言われ息子を連れていくことになった。いつもより広い店内で子どもふたりはのびのびしている。ドラムがカッコよかったらしく自分も習いたいと言い始めた。やりたいことはやればいい。きっかけはどこにあるかわからない。

昨日のライブではギターを抱えた人見知りの男性が、「新曲です」と言ってネコとカメとこたつの歌を歌っていた。ネコのうえにカメがよじのぼって、カメのうえにネコが飛びのって、もうどうしようもない、と歌っていた。おでんをつつきながら音を聴く。どこかで見たことのあるひとが舞台に上がる。金属的な音が流れ出す。ピンクのライトとミラーボール。演奏が終わってからヒゲのおっちゃんが「あのひと東京ドームとかでやってるんですよ」と教えてくれた。このへんに住んでるらしい。有名なひとだから見たことあるのか、よくすれ違うから見たことあるのか。近所のライブハウスではその境目がぼんやりしている。

 近くのマンションに住むKさんが「引っ越すんですよ来年」と言い出した。もう誰も住んでいないおじいちゃんの家が近くにあるという。全部片付けなければならない。本もあるというのでちょっと覗かせてもらうことになった。電気も通っていない家は昼間でも薄暗い。台所には食器や調味料、あと酒。二階にはスーツや着物、布団。お歳暮やお中元が包みを開けられないまま残っている。薄暗いのは明かりがないからだけではなかった。全てのモノがしっかりホコリを被って黒っぽいのだ。三十年前に生活が止まったままの家。「これ全部片付けるってねえ…」Kさんは途方にくれている。途方にくれるひとを間近に見ることはあまりない。これが途方に暮れるということかと、大量の暮らしの残骸を前にして思った。客間の人形類はOさんに古道具の市場に出してもらったらどうだろう。ウィスキーはHさんが何とかしてくれるかもしれない。エアコンやら金属類はYさんに頼んだら何とかなるんじゃないか。モノを目の前にするといろんなひとの顔が浮かぶ。ちょっと声をかけてみます、と約束してしまった。まずはお金に変わりそうな古道具とお酒から、次に無料で処分できそうなもの。最後にお金を払って捨てなければいけないもの。一ヶ月以上かけてちょっとずつ手を入れていく。屋根裏から予期せずレコードが出てきたり、室外機が空中で宙ぶらりんになったりしたが家は少しずつ広くなっていった。棚の奥から出てきた古いラブレターの宛名は親戚にはいないひとの名前だった。棚をのけると窓が開いた。南向きの小さな庭には何本か木が植わっている。「あれはおじいやったと思うんですわ、ほんでそのよこがおばあかなと。だいぶ弱ってるけど」と木を指差しながらKさんがいった。家は来月には取り壊されるという。庭には新しい木を植えるのだろうか。

  

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです。

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