はじまりとおわり日記

とにかく暑い夏だった。暑いといろいろなことが停滞する。ひとは出歩かない。本は売れない。本屋にやる気はない。
油断して昼寝などしているとKさんが汗を拭きながらやってきた。「本を整理しようと思っててね」どうやら今すぐに、というわけではなさそうだ。「もう読まない絵本とかいっぱいあってどうしようかと思ってるの」まだ手放したくない本もあるらしい。話し方に迷いがある。「ここに持ってきても売れそうにない本もたくさんあるしねえ」雑誌などもたくさんあるという。売れそうな本、売れなさそうな本はどうやって決まるのか。線引きするのはいつもむづかしい。ここに年中座っているひとにもわからないのだが、三ヶ月ぶりくらいにふらっとやってきたKさんにはわかるのだろうか。でもKさんはまだ迷っている。どうやら運ぶのが重いとか、暑いからそんな作業したくないといったことでもなさそうだ。話しながら自分がこれまで買った本、集めてきた本を記憶の中で眺めているようだった。
本には始まりと終わりがある。始まりは企画を立てるところ、なにか思いつくところ、いろんなところからはじまる。らしい。では終わりはどうか。ずっと本棚にしまわれて化石のようになっている本もある。でもそれは終わりなのだろうか。まだなにかを待っているようでもある。古本屋に売られ、次のひとに渡っていく本がある。終わりではない。次の始まりだ。ぐるぐると縛られ、道端で古紙回収を待つだけの本。彼らは本としての役割は終えたのかもしれない。紙として生きる道が始まる。本屋に並んだものの、手に取られることなく返品される本もある。もう一度出荷されることもあるし、もうされないこともある。かつて、物流の倉庫を見学に行ったことがある。高い天井の鉄の倉庫に本の塊が詰め込まれ、それはもう本ではないなにか別のものにしか見えなかった。
終わりを決めるのは持ち主だ。まだ手元に置いておく。もう手放す。捨てる。なかなか決断するのはむづかしい。置いておくのもタダではない。古本屋の先輩が言っていた。「本の終わりを決めるのも古本屋の仕事のひとつ」売れる本だけを買い取るのではない。売れない本も引き取って処分する、それも本屋の仕事のうち、そう理解している。自分が買い、読んだ本を処分するしかない痛みを、代わりに引き受ける。それも本屋だ。
「それならとりあえず、何も考えずに持ってきてみます」しばらく沈黙していたKさんは、思い立ったように言い残して暑い路上に出ていった。

七月、島根に出かける。入江さんが運転手をしてほしいというのだ。本屋がどうとかいろいろとあるのだが運転手をするのがよさそうだ。それで松江に行けるのなら何もいうことはない。松江行きの始まりは、長谷川さんの「ああ、それは行くしかないみたいやなあ」というため息から始まった。巻き込まれるように、松江に行きたいという気持ちだけを持った四人がそろった。気持ちはあって、何もいうことはないのだがスケジュールの調整に半年くらいかかった。主な連絡手段が「会って話すこと」なので、それくらいの時間はかかる。半年かけて松江を旅したと思えばなんと贅沢な時間だろう。実際は一泊二日であっという間に帰ってきたのだけど。
目当ての本屋を訪問し、図らずも町をぶらつき、途中熱射病のようなめまいを感じながら夜はまた別の本屋で入江さんの歌を聞く。入江さんは三十年以上前につくったという歌をノートの歌詞を見ながら一生懸命歌う。三十年ぶりに、とかではない。わりといろんなとこで歌っている歌だ。いったいいつになったら覚えるのだろうか。そのままとめどない雑談の時間。松江の話を聞きながら急に、実は松江に来るのははじめてではないことに気づき驚く。もう十年以上前、本屋の先輩に今井書店の創業の地に連れて行ってもらったことがあった。その時も松江に一泊し、翌日は鳥取に向かったのではなかったか。はじめて定有堂を訪れたのもそのときだ。すっかり忘れていた記憶を独りたどっていると散会していた。夕食に入った居酒屋で、入江さんと山本さんがそばを頼む。居酒屋のメニューに手打ちそばがあるところに松江を感じる。うまい。「ひとに迷惑をかけない」と入江さんはいった。
旅の終わりは二日目の朝、気づいたら終わっていた。四人が三人になり、突然一人になった。「それじゃ、また」という声が聞こえた気がしたがもうわからない。帰り道にはもう次の日常が始まる。仕事の段取りをしながら家に帰る。

 

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです。

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