個人店ってなんだっけ日記

九州から知らない大学生がやってきた。荷物を土間にどさっと置いて「岡山の本屋さんで聞いてきました」という。西に行くなら京都の本屋に行きなさいと言われたそうな。それで青春十八切符で鈍行を乗り継いでやってきたらしい。何か旅の目的みたいなことをごちゃごちゃ言っているが聞き流して、岡山のOさんの顔を思い出している。元気にやってはるんかなあ。手紙を受け取ったような気分。手紙と呼ぶには大きすぎるし喋りすぎなんやけど。不意に大学生が「不安になったりしませんか」と言った。それはないなあ、と答えながら昨日の売り上げを思い返す。雨の水曜日。緊急事態の世の中。静かやったなあ。でも不安かと言われるとそうでもないねんなあ。

先日、銀閣寺のZ堂によったらいつもめちゃめちゃ元気な店主のZさんが「人が来おへんしまずいよなあ」と嘆いていた。自分で雑誌を作ることにしたらしい。近所で割烹やってるUさんも「お酒出せへんかったらなんともならん」とため息をついている。お店を改装することにしたらしい。喫茶店のTさんは半月くらいお店休むんやって。もっとひっそりできる路地奥の物件探してるみたい。

九州の大学生はまだいる。「おもしろい本屋さん教えてください」とか言う。そうねえ、と思いつく関西の本屋をあげてみた。線路を書いて、点を打っていく。スタンプラリーっぽいな、と思ったのでハンコを押すところを作った。奈良、彦根、神戸、大阪。ついでにちょっと足を伸ばして鳥取も。めちゃくちゃよくばって名古屋とかも。最後のお店でなんかいいこと起こるかも、ということにした。わかってくれる人たちばっかり。知らんけど。

四条通りの藤井大丸の地下で古本市をすることになった。中古のレコード市が盛況やったから古本も、と言う話らしい。話を持ってきたのはAさん。誰呼んだらおもろいかなあ、とリストアップした表を見ながらぶつぶつ言っているとNさんが「やさしい本屋さんが少ないねえ」と言う。そんな怖い本屋さんばっかりかな、と思ったら品揃えのことだった。古本屋には、とがった本屋とやさしい本屋があるらしい。やさしい本屋どこですかね、と聞くとすぐに二、三軒の名前をあげるNさん。すっすっと出店者が決まっていく。ワゴンの配置はKさんが決めた。店番のシフトはNさんがつくる。チラシはSさんが配る。いろいろ自動的に進んでいく。

おさきどんが東京からやってきた。この人のことは生まれた時から知っている。お兄ちゃんどうしてんの?こないだ親に勘当されてました、とか話していると時間が歪んでいく。おすすめの本ないですかと言うので一時間くらいかけてあれやこれや出してみた。帰ってからS N Sを見ると「本を売る気のない本屋」と書かれていた。あの一時間返してくれ。

水無瀬の河原で立ったままHさんと話す。ワクチンどうするかねえ。川面をカモの群れがすーっと流れていく。だいぶ遅れてもう一匹がついていく。「あんな感じやな」とHさんが言った。そうやな。考えてるつもりやけどただ停滞しているだけなんやろうなあ。

あんまり独りでやってる気がしてないのかもしれないねえ。他の人が何してるか、すぐにわかる場所にいるし。誰かが工夫してやってたら、それいいなあ、と思う。遠くの本屋さんが雑誌に寄稿した記事を読んで、そやなあ、と思う。みんな本屋をやっている。自分はなにもしていないけど、少なくとも本屋はやっている。大学生が帰ってからそんなことを考えている。

油断していたら二週間後くらいに九州から電話がかかってきた。「本屋をやろうと思うんです」と言う。大学の仲間と使ってる場所があるらしい。「トリイさんとこみたいなちょっと雑な空間にしたくて」とか言う。失礼なヤツやなこいつ。こういう時、どう言ったら正解なんやろうか。利益はちゃんと出したくてとか言っている。出ないよ。とりあえず、本棚には思ってる三倍くらい本が入るということを伝える。お店の名前決まったら教えて、と言って電話をきる。来月オープンしたいとか言ってたのがじわじわくる。無茶やな。おもしろくなってきた。

  

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです。