おわってしまった古本市のこと
はじめからつづけることを約束された場所ではなかった。「次のテナントが決まったらこの場所は使えなくなります」と担当のTさんは言った。「決まらないからあいてるだけなんで」。背が高い上にでっかいスニーカーを履くTさんの表情はマスクをしているのでわからない。レジにはビニールカーテン、会場の入り口には手指消毒用のアルコールが置かれているのが当たり前。2021年。そういう時代だった。
第1回目の初日。誰もこないとおもっていた会場に人がたくさんいる。このひとたちはどこで情報を得てここにいるのだろうと真剣におもった。今でもわからない。2回3回と回を重ねても「いつかそのうち終わってしまう場所」ということは常に頭にあった。「秋にはテナント決まりそうです」「やっぱりあの話流れました」という会話を繰り返す。「まだ誰にも言えないんですけど」と前置きをされてから「数年以内に立て替えで全館取り壊しになるんですよ」という話をTさんから聞かされる。もうお互いにマスクはしていなかったように思う。
2回目か3回目の準備をしていた夜、会場でひとりぼんやりしているとバックヤードのドアをそっと開けて女の子がトコトコと歩いてきた。もうとっくに百貨店は閉店している。子どもというほどではないがおとなと言われるとちょっと幼い気もする。「上のフロアで今日はじめてアルバイトに来たんですけど…出口がわからなくて」という。ここが地下であること、従業員出口は一階にあることなど伝えてみおくる。1時間ほど作業して帰り際、警備のおっちゃんに「迷子の女の子、帰りました?」と聞くと「そんな子は見てないなあ」という返事。あの子は今も館内のどこかにいるのだろうか。この話を古本屋のPさんにすると本気で怖がっていた。おもしろがることで怖さを誤魔化している。
警備のおっちゃんはみんなどこへいくのだろう。釣り銭をしまっておくロッカーの鍵が開かなくなったことがある。ショップの店員さんたちがどんどん帰っていく時間帯。鍵が開かなくて、と伝えるとめずらしくちょっと慌てて「ここ立っといてもらえますか」といわれた。仕方なく警備室のカウンターの中に入るとおっちゃんは出ていった。帰る人たちが次々にやってきて「おつかれさまでした」とカバンの中身を僕に見せる。見せられたところで10日間の催事に来てるだけの古本屋にはどうしようもない。適当にちっさい声で「お疲れさまです」とか返事しておく。しばらくして帰ってきたおっちゃんは「もう大丈夫です」と何事もなかったように言った。
6月の開催は回を重ねるごとに売り上げも安定してきた。秋の開催はちょっと苦しい。10月だった日程は11月になり12月にかかるようになった。「店で展示をしたいんだけど次の日程どうなってる?」とIさんに聞かれる。みんなのカレンダーに京都での数日間がかかれている。うれしさと重さ。
「数年以内」が「2、3年のうちに」になり、ついに「来年の夏あたりには」になった。「来年のゴールデンウィークで閉館」と聞かされたのは6月の少し前のこと。最後の日までやりましょう、と約束をかわす。あと2回。
その年の11月には新聞やネットメディアに百貨店が一時休業するというニュースが流れた。直後に開催した9回目の古本市。初日、「この古本市はどうなるんですか」とお客さんに聞かれる。「これで最後なんですか」。5月開催はまだオープンにしてはいけないと聞かされている。レジにいた別の古本屋がどうですかねえ、などと答えている。
ポスターは毎回いろんなひとが描いてくれた。最初は「本とか京都とかそんなイメージで」とかいうざっくりしたものだったけど、次第に「スーパーのとなりでやってる」「肉とか魚のとなりに古本が並ぶ空間」とかいう依頼になっていった。結局ざっくりとしている。みんなよく描いてくれたなと思う。イラスト以上にざっくりとした依頼しかしていないデザイナーのSさん。プロである。
となりのスーパーのパンがおいしかった。魚や肉も評判がいいらしかった。飲食店が多い土地柄、料理人が開店前に仕入れに来ているようだった。料理本は多少難しい内容の本であってもよく売れたように思う。
最後のポスターは写真でいこうとなんとなく決まっていた。Aさんに依頼するとき、「建物とか撮るのすきそうですよね」というとすこし違うという顔をして「まあ、静かなものを撮るのはすきかもしれないです」と答えが返ってきた。合わせて4日間、Aさんは建物を撮り続けた。何度も通った馴染みの階段や通路と、知らないよそ行きの顔をした建物が写っていた。それぞれにひとの気配がして、Aさんはひとを撮る人だったのかもしれない、と思った。ひとに囲まれた建物だった。
四月の終わり、ゴールデンウィークが始まる直前の平日に古本屋たちが集まってくる。いつもは1週間くらい準備期間があってバラバラにやってくる古本屋たちが、今回は2日間で一斉にやってくる。ふとフロアを見回すとなんだかみんな若い。1回目の準備中、誰に出てもらおうか考えていたときは「出てもらえませんか」と頼んでいた。売れなかったらどうしようと常に思いながら頭を下げていた。今、目の前で楽しそうに本を並べているひとたちの中には、そのころお店も持っていなかったひともいる。彼らに誘ってもらえる日は来るのだろうか。あとはたのむよ、と言いたい。
ウソみたいに忙しかった8日間。本が売れることはありがたいことだけど、そんなに本買うんだったらもっと普段からお店にもいきなよ、とどこかで祈るように思っている。世の中がイベント化している。イベントでしかお金を使えないようになっている。自分も含めて。そんなことを考えているうちにお祭りは終わった。
最後の日を終えて、1ヶ月が経った。次のことは考えてるんですか、といろんなひとに聞かれる。考えているような考えていないような。自分で積極的になにかやりたいとは思っていないのだろうなと思う。場所が向こうからやってきた。たまたま5年続いた。それだけ。またどこからかなにか話が来るかもしれない。なにも来ないかもしれない。なにかが終わったわけでも、なにかが始まるわけでもない。イベントをやるためにイベントをやっているのではない。店を続けるために、この仕事を続けるために、何ができるか。

