かいちょうの日記
春、今年も桜はさっさと散ってしまった。京都を抜け出して淡路島に遊びに行く。窓を開けてクルマを走らせると玉ねぎの匂いが車内に流れ込んでくる。いくら名産品だからといってそれは大袈裟ではと自分でも思うのだが、どう考えても淡路島の風は玉ねぎの匂いなのだ。
気がついたらPTA会長というものになっていた。会長になるといろんな人に冷やかされるということをはじめて知った。すれ違いざまに「カイチョウじゃないですか〜」と声をかけられる。「友だちのお父さんがやってたなあ。スーツ屋さんの親父さんで」と遠い目をされる。熊本で教員をやっている友人は「お前、運動会でばんざーい!ってするんか」と驚いている。なんだそれは。熊本だけの風習だろうか。少なくとも僕の通っていた小学校ではそんなことなかったと思うし、今のところ万歳してくださいという依頼はきていない。秋になるのがちょっとこわい。
最初の仕事は入学式で祝辞を読め、というものだった。なにを言えばいいのかわからないので夜な夜な風呂であれこれ考える。校長先生がやってきた。聴覚に障がいを持つ子どもたちのクラスがあるので、でっかいモニターに文章を映すのだという。事前に原稿を提出してほしいとのこと。あと四日しかない。どうにでもなれという気持ちで文章を送る。
祝辞
一年生のみなさん、ご入学おめでとうございます。PTAを代表して、一言お祝いを申し上げます。
みなさんは『ぶたぶたくんのおかいもの』という絵本を知っていますか? 知らない人はぜひ読んでみてください。私も小学生のときにこの本と出会いました。ぶたぶたくんというこぶたの男の子がおつかいに出かけるおはなしです。歌を歌いながらごきげんに歩いていると、お友達やパン屋さんや、ヘリコプターなんかと出会います。あらためて読んでみて、外に出かけるということは、新しい出会いにあふれているということかなと思いました。
みなさんもこれから先、学校に行くとき、帰るときあるいは遊びや習い事に行く途中に、「こんにちは」とか「おかえり」とか声をかけてくれるおとなの人がいるかもしれません。もしかしたら「声かけんといてよ」とか「なんて答えたらいいかわからへん」って不安になるかもしれません。そういうときに、ずっと元気よくごきげんにいられるとは限りません。答えられない時はちゃんと答えなくていいんです。僕も小学生の時は知らない大人にあいさつされるのちょっとイヤでした。イヤだなと思いながらうつむいて歩いていました。今でもそうです。はじめて出会う知らない人って、緊張します。でも、自分が大人になって、なんで大人の人がみなさんにあいさつしたり声をかけるのか、ほんの少しだけわかってきました。それはみなさんが小学校に通ってくれてることがうれしいのだと思います。今日も学校に通ってくれてありがとうという気持ちを込めて、「おはよう」とか「おかえり」って声をかけてくれてるんだと思います。そのことは、知っておいてください。だからといって、ちゃんと返事しないとって思うことはありません。自分の気持ちにフタをする必要はありません。心の中で「なんかゆうたはるなー、うれしいんかなー」と思っててくれたらいいです。それも出会いのひとつです。これから先、きっといろんな出会いがあります。ひとつひとつを大切にしてくださいね。・・・
知っていますか? と問いかけたところでふと目をあげると、一年生たちが全員そろって首を横に振っていた。とてもいい景色だと思った。
次の依頼は創立三十周年記念式典での開会宣言だそうだ。なんの話をすれば全校生徒が一斉に首を横に振ってくれるだろうか。式典はもう一週間後だ。風呂の時間はいくらあっても足りない。
※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです。

