そとへでる日記

 休日。息子と墓参りに行くことにする。急な石段を手すりにゆっくりゆっくり登る一歳児。自分の背より高い手すりにつかまって一心にさきをめざす。そのさきにはなにがあるんですか。ライターを忘れたので線香に火がつけられなかった。

 奈良へ、岡山へ。本のおまつり。
 奈良ではクルマを駐車場に入れてから先のことを全く考えていなかった。あれ、この箱ここからどうやって運ぶんや。そういうとき砂川さんはちゃんとしている。しかるべきところにぼーっと立って的確なことを言う。ありがとうございます。並べ終わる前からお客さんがやってきた。
 本のおまつりには、本を買う人がやってくる。そんな当たり前のことにクラクラする。本が売れないって誰が言ってるんやろう。こんなに真剣に本選んでる人がいて、一日中本に囲まれて遊んでる人たちがいる。
 岡山では直原さんと三宅さんがあいかわらず漫才をしながら本を売っていた。売るのって楽しいよね。おまつりやもんね。笑っていると本が売れる。

 9月は二日にいっぺんジュンク堂にいた。またきたんですか、とスタッフの人の顔に書いてある。どうもすいません。本が売れてできた隙間を見るのがたのしくて。え、今日こんだけしか空いてへん…と不安になるときはだいたい店長がさきに補充してくれてる日。売れた本のタイトルを眺める。どんな傾向で、客層はこうで、価格帯はこのへん、みたいなこと、全然わかりません。ただ、開店前から本屋に並ぶ人が毎日いて、いつも誰かが本棚を真剣に見つめてる。そのことに安心する。一ヶ月で三回きてたあなた、こっそり顔覚えましたよ。

 城陽まで買取りに行くことになった。朝10時20分。中村さんはマンションの下でタバコを吸っていた。20分前に送ったメールには「10分遅れます!」と書いてある。待ち合わせは10時。こういうときはとにかくあやまるしかない。「高速でいこか」と冷静な指示。アクセルを踏む。「ちょうど間に合いそうやな」とインターチェンジを降りたところで中村さんがつぶやいた。時間を守る。そういうとこ大事やぞ。
 家に着くと中村さんは素早かった。どんどん本を抜いていく。ガンガン中身を確認し、棚に戻す本は丁寧に戻す。うろうろすることしかできない。突然「鳥居くんほしいやつあったら抜き」と声がかかる。えーっと、と言ってる間に次の束がどさっと手渡される。えーっと。「おとうさんもなあ、なんかゆうといてくれたらよかったのに」と依頼主のおばあちゃんがうしろでつぶやいている。「これおとうちゃんに買ってもらったんや」と息子さんが図鑑を見つけ出した。ベッドの周りまで埋め尽くされた本と額縁。かつてここに暮らしていた人の気配。
 いつのまにか岡田さんが一緒になって本の束をさわっていた。ここを紹介してくれた古道具屋さん。満州の雑誌かあ、とかいってたのしそう。おばあちゃんが引き揚げの思い出を話し始めた。あっというまに本の束が玄関に積み上がる。まだ午前中。空が青い。足元を毛虫が歩いていく。でかいツボが岡田さんのハイエースにおさまった。「ちょっとこんなんはさんどいたら意外と安定するねんで」と自慢げに笑う。

 配達にいく。知人の仕事場。唐突に吹き抜けがあったりする。たのしい配達。だが配達に行く間はお店を閉めなければいけない。ドアに貼り紙をする。「16時にはもどります」。ミクチさんがやってきた。あ、いまじかんありますか。え、10分くらい?あーもうちょっと…いといてもらえません?え?まあいいすっよ。台所にお茶とかあるんで。自転車にまたがる。
 ちょっといくと交差点に見たことのある後ろ姿。あ、と思うがちょっと声をかけるのに時間がかかったのは、僕が知ってるその人は広島の本屋さんだったから。なんでここに?佐藤さんがこちらをふりかえってからも、町の背景と人物があってない。生まれ育った町に大学の友人を連れて来たときみたい。自分の中の時空がゆがんでいる。え、あなたここにいていいの?
 バス停で佐藤さんを見送る。よー笑う人やなあ。もう30分くらいたっている。あれ、おかしいな。配達先へはあと5分。
 16時をすぎてミクチさんから電話がかかってきた。結局一時間も店番をしてもらっている。「フランスから来た方が平凡社ライブラリーの星の王子さまを買って行きましたよ」とか言ってる。たぶんたのしそう。よかった。ありがとう。

 数年前に祖母が骨折した。数日前まではピンピンしていたのに病院に一晩閉じこもっていただけで家族の顔がわからなくなり、ここは私の家じゃないと暴れたらしい。祖母に見えていた病室の景色、なんとなくわかる。緊張。息ができないその感じ。そのときの話をしても「そんなことあったかなあ」と言う。この人はいま、好き放題に呼吸をしているな。

 外に出る、というのはなんかそんなことなんだと思う。利益とか商売とかそんなんじゃなくて、健康とか身体とか、そんな類の。外に出ると、いいことがある。外に出ると、元気になる。しらんけど。

  

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです