なにやってんだ

 3月28日。開店前夜。本が並んだ。お釣りとレジ袋も準備した。看板も一応、ある。床がきたない。明日掃除しよう。あとはなんだ。わからない。

 ストーブに手をかざしながらなんとなく売り場に座っている。本棚を見上げる。よく分からない雑多な並び。誰が並べたんやろか。本のことよくわからないやつがやったに決まってる。

 棚から本を抜き始める。『カンガルー・ノート』『いかもの食い』『ふだん着のブティックができた』。うさこちゃんシリーズは『うさこちゃんのたんじょうび』にしよう。『しゃれた言葉』もある。本が傾く。あんまり気にしない。どんどん抜く。『タバコの歴史』『インドでわしも考えた』『けむりの居場所』『「ん」まであるく』。棚の前を行ったり来たりする。探してる本がある。見つからない。二階に山積みにされた在庫をひっくり返す。

『ブラフマンの埋葬』『つまずきやすい日本語』『くりかえすけど』。少し疲れてきた。『たちの悪い話』がみつかった。『一千一秒物語』がどっかにあったはず。あと2冊。ない。本棚は誰かがたくさん買っていったあとのようになった。いろんなところが抜け落ちている。うーん。むりか。諦めて寝よう。階段を上がろうとしたとき、『せんはうたう』がこちらを見上げていた。あ、そろった。声が出た。なんの意味もない、ジャンルもばらばらな本が15冊ならぶ。頭文字をつないでいく。

 カ、い、ふ、う、しゃ、タ、イ、け、ん、ブ、つ、く、せん、た、—。

 なにかができた。ひっかかっていたのはこんなことじゃない。なにやってんだ。でもいいや。寝よ。

 翌朝9時、ほうきで外を掃いていると道路の向かいにおじいさんが立っている。なんとなく行ったり来たりしながらたまに目があう。まさか、お客さん?開店前から?そんなことはないだろう。とおもっていたらおじいさんの孫を乗せた車がやってきた。途端に笑顔になるおじいさん。家族は隣のマンションに入っていく。静かに10時がやってきた。

 郵便が届く。「花屋さんが場所探したはりましたよ」と配達の人。しばらくして知らないおじさんが大きなスチールの土台を組み立て始めた。「どうしました?」「花屋です」「おおきいの?」「そやねえ」。ほんとに大きな花がきた。土台は持って帰ってもらうことにする。

 その後も花がとどく。

 店の前にタクシーがとまる。塩出さんが降りてきた。最初のお客さん。花をもっている。わー。

 窓際が花であふれた頃、店内は人でいっぱいになった。知ってる人、知らない人、みんながこちらに背をむけて本をみている。なんかへんな光景。ちょっとおもしろくなってくる。

 ないものばかりが気になる。レジスターない。ショップカードない。BGMない。買わずに出て行く人も気になる。どうして買わなかったんだろう。もうこないだろうか。どこから来たんだろう。なにかを期待して?たまたま通りかかっただけ?

 最近店を開けようとしている人たちの顔が思い浮かぶ。あの人ならどんな本をいれただろうか。どんなならびにするだろうか。どんな顔で店に立つのだろうか。自分にはない物語を想像する。いま自分にはないけれどあったかもしれない話。できたかもしれない店。

 「開いてるっていいな」とおもう。これまでは会いに行く仕事だった。約束をして、スケジュールをたてて、その人めがけて、いく。会えないときもある。会えた人とはそれなりにたのしく話したり新しいことを教えてもらったりする。それ以上のことは、あんまり起こらない。いま、お店を開けてここにすわっていると思いもかけない人がやってくる。懐かしい人、お世話になった人、知らない人。誰かに聞いてきた人もいる。ネットで見たんです、という人もいる。朗読をやってるんですという人がやってくる。本買ってもらえるんですか?という人もくる。もう本はすべてここで買うようにします、という宣言をする人もいた。くじ引きと読み聞かせを組み合わせたことをやらせてくださいというよくわからない人もくる。

 開いていると、よくわからないことが起こる。自分ではできなかったこと、自分の想像もしなかったことがやってくる。そこにいるのはもう「自分」ではない。じゃあだれだ。「店の人」か。

 そうやっていつのまにか、店は開いていた。一日が、あっという間に終わった。

 で、もうじき三ヶ月。

   

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです

前の記事

窓辺のおみくじ朗読

次の記事

7月の営業日