「本屋の系譜」と石橋さんが言った

 「本屋の系譜」と石橋さんが言った。話の本筋ではないささいな話題だった。でもそれが妙に耳に残ったのは定有堂と長谷川書店の話だったから。そんなものが自分のなかにあるのか、確かめたいと思った。だから、鳥取に行こう、とおもった。その先には出雲がある。東城にもいけるかもしれない。なにかがまた動き出した。

 起床。「え、8時だけど」と隣で言っている。ウソでしょ。3時間前に家出てるはずなんですけど。はしる。いやウソ、タクシー乗る。実家のクルマにたどり着いたのは9時。1時間後が待ち合わせ時間。ウソでしょ。けっきょく着いたのは11時半だった。それでも定有堂は5年前のままだった。奈良さんも5年前のままの笑顔だった。「ランチになっちゃいましたねえ」と笑う。

 「ショキショウドウってのを考えてるんですよ最近」といいながら封筒の裏にボールペンを走らせる奈良さん。「こうやってね、文章には点が入るでしょ。これがA。で、Bはその文章が続いて、丸で終わる。わたしらなんかはBですねえ」「あたらしく始める人らなんかはね、Aでずっと行くんです。で、点が付くのね」「ショキショウドウでいけるのはいけるんですよ、点までは。でも丸までは見えてないかもしれない」。なんだろう、この話。黙って聞くことにした。で、ふと気づいた。「息継ぎですか」ときいてみる。「うーん」と曖昧な返事。違うのか。でも息継ぎでもいいんじゃないかな。

 今度は物語のない本屋の話。取材はすべて断っていた。この店に物語はない。「天井からなんかぶら下げてごまかしてるんですよ」と笑う。それから本屋の裾野の話。表には出ない広がりの話。水鳥の足。

 話を聞きながら物語の話と裾野の話が勝手に頭の中で混ざってゆく。物語はないんじゃない。ひとつではないんじゃないか。目に見えないところに根っこはたくさんあって、それが絡み合った上に定有堂は顔を出している。そこにわかりやすい物語なんてない。

 油断していると急に球がこちらに来る。「で、メディアにはなんて答えるんですか聞かれたら」「ひとつはメディアに乗せてもらうことですねえ、で、ふたつめは?」。たじろぐ。けっきょくまたなにも答えられない自分がいる。なにがしたいんだろう。なんの店なんだろう。奈良さんはどんどん前へ進む。置いていかれる自分。キューブリックの大井さんは開業前にこうして奈良さんと向き合ったという。なにを答えたんだろう。なにを話したんだろう。「本屋の系譜」という言葉が口から出た。そんもの、いまの自分にはなんにも関係ない。逃げるな。封筒は不思議な図でいっぱいになった。

 気づいたら16時だった。あああ。「出雲には5時間かかりますよ」と笑顔の奈良さん。なきそう。なきそうなまま松林さんに電話する。「あ、来てたんですね」と冷静。泊まるか、来年にするか、話しながらぐじゅぐじゅ迷う。「出雲大社に初詣いきましょうよ」という声に救われる。ほんとうにすいません、と電話を切った。

 東城までは2時間ちょい。まだいける。雨。ワイパーが水を切らない。めっちゃみにくい視界。それでも行く。はやく。

 はじめてのウィー東城店は思った通りの店だった。こういう店が好きなんだ。笑顔の佐藤さん。「ご飯行きましょうよ」と外に。中華料理屋でウィーのスタッフの方の話を聞く。3年目。今年から正社員。「僕も次から4年目です。同期です」などと言ってみる。言ってからちょっと後悔する。ここでもまた「本屋の系譜」がでてきた。「本流ですよこれが。僕なんか亜流の亜流だから」と佐藤さん。そんなことないんです。本流なんてほど遠いんです。申し訳ない気持ちになってくる。スタッフの方の目は輝いていた。気持ちのいい夜22時。「ここにも4時間いましたね」と笑いながら手を振る。

 高速乗ってからガソリンがないことに気づく。どうにかなりそうと計算するまでの記憶がない時速140キロ、という表示を見た気がするけど気のせいかもしれない。

 今日のことを考えるとオーバーヒートしそうになる。思考停止。ゆるゆる帰ろう。帰ってから考えよう。

※この日記は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」32号に掲載していただきました