返事をする日記

「きたよ」と近所のきよちゃんが言う。小学一年生。えー、と意味のない返事をすると「こないだ言ったじゃん」とちょっと怒られる。たしかに、三日くらい前に三日後にくるみたいなことを言っていた。小学生の約束なんてそんなもんだ。そんなもん、がとてもだいじ。それ以外ないから。あん時なんて言ってたっけ?ってメールをさかのぼって探したりできない。わざわざメモしたりしないからどこにも残っていない。

「そんなもん」なお客さんが増えてきた。「こんな本があって…」と言いながら小さな画面を見せてくる。注文なのだろうか、取り寄せておけばいいのだろうか。次来たときに「あの本はいりました?」という。棚の目立たない場所に隠しておいた本を引っ張り出す。しばらく眺めてから「やっぱ買います」という。やっぱってなんや。ええけど。客注と店売のあいだ。

グーグルマップからメールが来る。「〇〇さんが 開風社 待賢ブックセンター についてのクチコミを投稿しました」。なにも考えず迷惑メールフォルダに移す。移してから、やっぱ気になるのでクリックしてみる。案の定ロクなことは書いていない。「挨拶がありませんでした」とか。来店者が少ないので誰が書いたのか大体わかってしまう。ぐるっと店内を見て写真だけ撮り、一冊も手にとらずに帰っていったあなた。「セレクトショップとしてはパンチにかける」とか書く前に大きなリュックで入ってきて棚やら本にバシバシぶつけるの気をつけた方がいいですよ、と思う。一から五までの星で何かが決まっていく。へんなモノサシ。ここに書かれている言葉はいったい誰に対して書かれたものなのだろう。書いた人は満足しているのだろうか。せめて満足していてほしい。ほかになんの意味もないのだから。

「こんにちはー」と元気よく入ってきた女性が少し雑談をしたあとに「私こんなもの書いてます」と小さな冊子を取り出した。こういう時ついちょっと身構えてしまう。仕入れて下さい的な話が始まるのだろうか。でもそうじゃなかった。「読んでもらえたら」と言って差し出された冊子。もらってしまった。日記のような、エッセイのような、読書感想文のようなもの。書かれているのは一冊の本のまわりのごく個人的なことだ。差し出したその人の生活が自分の言葉で書いてある。面白かった。が、店でぼんやり座っていたら突然手渡されたという経験も含めての一冊だと思った。一応値段もついている。ここで売れるかというとよくわからない。自分は買ってまで読むだろうか。書いた人のことを知っていたら読みたいと思うかもしれない。全然知らない人の話が書かれていたらどうだろう。文章よりも本よりも、人が先にある。個人的なものは個人的なままでいい、と思う。

Tさんが新しく店をオープンするという。二店舗目。本屋と展示と、少しの喫茶スペース。「ジンも扱います」と話していると横にいたAさんが「お酒も出すの?」と声を上げた。「いやJINじゃなくてZINEですね、」とTさんが訂正している。ZINEとは何かの説明は、もうすでに酔っ払っているAさんには届かない。数時間前までシャキッとした顔で会を取り仕切っていたはずなのに今はもう「それはジンだねえ」と何度も呟くだけのふにゃふにゃしたおじさんになってしまった。Tさんの説明は二周目に入っている。隣で聞いていたぼくはどっちでもいいや、という気持ちになっていた。そこに売っているものが本であろうが酒であろうが、結局はそこにTさんがいるという事実には敵わない。浜比嘉島の隅っこで新しく店が開く。「できるかどうかはわからないけどやってみたい」とTさんは言った。

隣のマンションの一室で内装工事が始まった。職人さんが前の道を行ったり来たりする。毎日あうのでなんとなく挨拶したりする。「前の出窓のやつ、なんですか?」と急に聞かれる。納豆の本作った人がいて、とむにゃむにゃ言いながら飾ってある本を手渡す。「おもろいなあ」と言いながらページをめくり、「ぼく納豆きらいなんですよねえ」と笑う。地獄ですね、と言いながら返ってきた本を受け取る。

  

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです。