いつにもましてぼんやりしている日記

年中ぼーっとしているのだがこの時期は特にひどい。一日中くしゃみをしていたら日が暮れている。点鼻薬、目薬、お茶、なんか塗るやつ、いろいろ試すがどれも効果があるのかないのかよくわからない。効果はどうだ、と構えることもできないまま花粉にもてあそばれている。「注射とかありますよね」とか「顔にスプレーしたらいいよ」とかいろんな人がいろんなことを言う。この感じなんかに似ているなと思ったら腰だった。腰痛と花粉症。軽症のあいだは耐えようと思えば耐えられるのだがある日突然に限界を超えて泣きたくなる。無数の対策があるがどれもイマイチ効き目が不明。ほぼ全ての人が何かしら悩まされている。腰痛と花粉症。くしゃみをすると腰が痛い。目が痒いのはきっと腰のせいだろう。

明け方に目が覚める。トイレに行こうと縁側に出ると白いものが床下から飛び出してきた。ふわふわのでかいネコ。庭を横切り家の隙間に消えた。ノラネコらしからぬ風貌。でもなぜ家の床下に。そういえば最近家の前にネコのエサのようなものをまいていく人がいる。なぜうちの前に。つながりそうでつながらない。ネコとエサ。隣のマンションの人に聞いてみる。一階の人は「あーいますねでっかいネコ。すごい堂々としてる」と言う。やっぱり。三階の人は「へーそうなんですか。子どもは動物飼いたいって言うてるんやけど」と言う。なにも解決しない。

銭湯に広告を出すことになった。ある日突然電話がかかってきてそうなった。「一度資料をお持ちしてもよろしいですか」と女の人から柔らかく言われ、はいはいと返事するとおじさんがカブに乗ってやってきた。「なんで私もここに来さしてもろてるんかわからんのですよ」と言う。「電話した者のなにかにひっかかったんやと思うんですけどね。本人もそれがなんやったかわからんゆうてて」。正直な人はそのまま銭湯の組合や近所の風呂屋の話、そして鏡のサイズと料金の話をして帰って行った。その辺の話は理解できるのだが一歩目がよくわからないので結局すべてがよくわからない。わからないままに話は進み、いつの間にか「出すか出さないか」ではなく「どんな広告を出すか」の話になっている。

銀行の口座に「シヨクキ゛ヨウアンテイキヨ」という方から六十三円が振り込まれている。まったく身に覚えがない。十円玉と、五十円玉と、一円玉三枚。道端に落ちていたら黙ってポケットに入れておく金額。だが振り込まれると急に怖くなる。カタカナも怖い。濁点が独立しているのも怖い。どうしたらいいのか。経費の全般を勝手にしてくれる優秀な会計ソフトが六十三円仕分けできずに困っている。

山科をぶらぶら歩いて昼食を探している。チェーン店に入らないとこっそり決めたので、みるからに怪しい中華料理屋一択になりつつある。もしくは眠眠。眠眠はチェーン店なのか迷っていると、渋い店構えの定食屋にでくわした。看板も見ずに暖簾をくぐる。席はほぼ満席でカウンターしか空いていない。そしてそのカウンターのガラスケースには鮮魚が並んでいる。しまった、と思ったがもうお茶とおしぼりをもらってしまった。厨房では強面の親父が寿司を握っている。財布の中にいくら入っているかを思い出そうとしてみる。ドキドキしながら渡されたメニューを見る。「これがセットね」と指差された先に九百円の文字。とりあえずほっとするが、なぜ独り良心的な寿司屋でランチを食べようとしているのかわからずまったく注文が決まらない。

 

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです