なんでも売らなあかん日記

半年に一回くらい、決して名乗らないおじさんがやってくる。誰なんですか、と聞いても絶対に答えない。なんとなく本屋っぽい風貌をしている。どっかの本屋さん?と聞くと「いやまあ」と曖昧なことをいう。夏にやってきた時は変な麻袋を持ってきた。文庫本が一冊ギリギリ入るくらいのやつ。「これ売れへんかな」という。どうですかねえと眺めていると「あと10枚くらいあんねん」と言って帰って行った。その3日後、10枚の麻袋がうちの店先に吊るされることになった。値段はつけない。どうしたらいいかわからないから。「これなんですか」と聞く人にはあげることにした。

冬になって、そろそろかなと思っていると「どうや調子は」とおじさんがまたやってきた。でかいダンボールをどんとおいて「なんでも売らなあかんで」という。なんですかこれと聞くと「ゴミやな」と言い残して帰っていった。箱の中には雑誌の付録がいっぱいに詰まっている。店の前においておくと近所の小学生たちが覗き込んでいく。はじめのうちはダンボールに「ご自由にどうそ」と書いていたのだが最近は書くのをやめた。「これもらってもいいですか」と付録をいっぱい抱えていく子どもたち。自分が小学生やったらわざわざ声をかけるめんどくささの方が勝ってしまいウジウジと欲しいものも貰えないだろうなと思う。そういう子もいるんだろうか。ここに座っていると勇気ある子どもたちの姿しか見えない。

10月と11月は古本をかついで売り歩いていた。今数えてみると出店したのは13回。「毎週どっかに出店してますね」と、毎週言われていた。10月と11月の週末を数えてみると9つしかない。「毎週どっか」以上のペース。誘われると断れないひと。誘われてなくても独りで出店している。なんだろう。すきなんだろうか。出かけるのが。出かけると売れるかというとそんなことはない。寒空の下で震えながら一日たちっぱなしで数千円。そこから出店料を引かれて何も残らない時だってある。売れたときはビール飲んで寝るだけなのでよいのだけど、売れなかったときはなんでだろうと考える。考えてもわからないのでビールを飲んで寝る。冷えたビールがつらい季節になってきた。すぐお腹壊しちゃう。だからと言ってぬるいビールはあまり魅力的ではない。なんでだろう。

何度出店していても出店の前日は準備が終わらない。毎回同じことをしているはずなのに毎回終わらない。いや毎回同じことをしているから終わらないのか。毎回とても眠い。きっと準備することに慣れてきて、早く寝れるようになったらおもしろくなくなるんだろうなと思う。

あまりにも出店で臨時休業が多すぎるので、たまに店番を頼むことにした。といっても開店の準備とかまでは頼む気はないので結局昼から保育園に行かなあかんとかそんな日だけ。白土さんは言っておいた時間の30分くらい前にやってくる。でかいリュックには最近買った骨董なのかガラクタなのかギリギリのやつがいっぱい入っている。いっぱい持ってくるくせに、ここに並べますかとちょっと場所を開けるととてもうれしそうにする。戻ってからどうでしたかと聞くと「なんか謎の人が来ましたよ」という。頼んでおいた作業は大体3分の1くらい終わっている。やけに丁寧に並べられたガラクタのような骨董品は全然売れていない。

お年玉を握り締めたやけに丁寧な小学生が向こうからやってくる。この前きたときは「いつもありがとうございます」と言って帰っていった。小学生ってそんなんやったっけ。こちらこそお世話になっておりますと言おうとしてやめた。丁寧な大人にはなれない。まだ年越してないのにお年玉使っていいのと聞くと「お母さんにお正月本屋さん休みやねんって言ったら先にお年玉使っていいことになりました」とうれしそうにいう。鬼滅の刃の14巻からあと全部。13巻までは友達に借りたからいいんやって。「5000円で足りますか?」と落ち着きがない。小銭がいっぱい財布から出てきた。一円玉一個足らんけどまあいいか。底が破れたリュックにマンガがいっぱいにつまり、女の子は「いつもありがとうございます」と言って帰っていった。

   

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものです

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