やらない理由

 堀川七条のオフィスビルに行く。ひさしぶりにちゃんとしたかっこうをしたほうがいいのかもしれないが、今日も雨。サンダルとか履いてたらラクなのに。スニーカーはびちょびちょでつるつるした廊下はキュッキュと音がする。エントランスでもう帰りたい。部屋に着いたらもう全員揃っていた。名刺交換。あと5枚しかはいってないぺらっぺらの名刺入れ。とても簡単な打ち合わせがあっというまに終わり、8月から番線がもらえることになった。

 結局のところ番線とはなんなのか。大手の取次から本を仕入れるときに使うアレ。最近本屋を開く人はたいてい高額の保証金がいるから…といってあきらめることになってる、らしい。詳しいことはいろんな本に書かれているので読むといいと思います。

 で、こまったときは奈良さんにメールする。今日もすぐに返事が来た。「(取次との契約には)「公開知」と努力で築く「暗黙知」があります。取引の中で「暗黙知」を増やすことが大事です。「公開知」の中で当たり前に仕事すると、利益がでません」と返信があった。なるほど。本屋とそのまわりで10年近くぶらぶらしていながら新しく契約をむすぶことについてはほとんどなにもわからないのは、この業界は暗黙知の占める部分がとても多いからかもしれない。もしくは自分がずっと仕事しているフリをしてサボっていただけか、どちらかだろう。いや両方か。

 日販京都支店のOさんは明快な人だった。はじめてこの店に来られたのは去年の10月。前週に共通の知り合いであるTさんから紹介されたと言う。フットワークの軽さに驚く。その場で日販と書店の取引について簡単に教えてくれる。まず個人との取引はしない、法人でないとだめ。月の取引は最低でも50万円程度は必要。さらに最初の保証金として売上の2ヶ月分を用意しないといけないだろう、とのこと。そして一番の壁は本を運ぶ配送のトラック。新しく毎朝のルートを作るのがいまの物流をめぐる状況では実質不可能、とのこと。毎日雑誌が入荷するはずのコンビニの隣であっても、運転手の荷下ろしの手間が増えるという理由で配送してもらえないことがあるそうな。

 できない理由はたくさんある。なのでできません、と納得させることはとても簡単。世の中のほとんどの大人はそうして生きている。誰を納得させようとしているのかは知らない。だがOさんは少し違うふうにみえた。ボソボソとしたこちらの話に耳を傾けてくれる。うちの店にトラックがくるのがむずかしいなら、日販の京都支店にウチの分を配達してもらって、それを僕がチャリンコで取りに行くのはどうですか? といってみた。「支店には毎日荷物がくるし、いっしょに下ろすのはできるかもしれませんね」とのこと。それだけでぐっと話がすすんだ。

 残る条件もなんとかなる道を探る。ダメな理由をはっきり言ってもらえば、その隙間をぬってなんとかなる道は見つかるものだ。ずっとそうやって生きてきた。今回もいろんな人を巻き込んで、断られたり馬鹿にされたりしながらちょっとずつなんとかしていった。

 最終的に、知り合いの本屋さんに間に入ってもらう形で番線はできた。番線ができたことがゴールではない。いまその地点にいるというだけ。これからどこに行くのかはわからない。「品揃えを取次に頼って個性を失い経営が立ち行かなくなった本屋さん」の話をたくさん聞く。配本や利幅やなんやかんや。どんなときも、できない理由はたくさんある。わかりやく説明できるのはいつもできない理由の方だ。だって、どうやって成り立っているんですか? と聞かれても「さあ?」としか言いようがない。

 今年の1月2月くらい、開店して1年を迎えるちょっと前あたりからバイトをしなくても家賃が払えるようになっていた。どうしてそうなったのか、わからない。ただ気づいたらそうだった。はっきりと言えるのは、本を買ってくれてありがとうということだけだ。それ以上のことがなにかあるだろうか。

  

※この妙な文章は定有堂書店さんのミニコミ「音信不通」に掲載していただいたものをちょっと変えたりしたものです